最愛なる厄日

「結婚!?」
ガチャン、と大きな音を立てて、赤い死神は乱暴にカップをソーサーに戻した。
シエルは肩を竦め、咎めるように彼を見遣る。
「見苦しいぞ、グレル・サトクリフ」
不機嫌そうな彼女の言葉には耳を貸さず、グレルは頭を抱える。
「ちょっと何呑気な事言ってんのヨ!マダムも何か言ったら!?」
「こういう場合は素直におめでとう、って言うべきかしら」
「ありがとう、アン叔母様」
「もう何なのヨ、アンタ達!」
喚き散らすグレルを余所に、フォートナム&メイソンのエルダーフラワー・フレーバー・グリーンティーを一口飲んで、マダム・レッドは目を輝かせた。
「これ、私好みだわ」
「それは良かった」
見事な置いてきぼりを食らったグレルはバン!と、テーブルを叩いた。
「だから、何でアンタ達はそんなに冷静なのヨ!この餓鬼が結婚って、相手はあのセバスちゃんでしょ!?」
あの悪魔とどういう経緯で結婚話にまで至ったのかは知らないが、何とも急な話だ。
シエルは気怠そうに頬杖をつく。
「別に、結婚したからといって何か変わる訳でもないだろう」
「枷にしかなんないワヨ、結婚なんて」
「それは僕じゃなくて彼奴に言うべきだと思うが?」
フレッシュな苺を頬張りながら、彼女はシニカルに笑う。
「僕はただ、証明して見せろと言っただけだ」
愛を知ってしまったと告げてきた愚かな悪魔に。
ならば、その愛とやらを証明して見せろと命じたのだ。
「何よ、ソレ?」
眉間に皺を寄せながらグレルは唸る。
「アンタ、じゃあ結婚なんてするつもりはなかったワケ?」
そうなるな、とシエルはカップに口をつける。
「てっきり悪魔らしく言葉か態度で攻めてくると思ったんだが」
意識が遠退きそうだ。
これにはマダム・レッドも驚いたらしく、赤い二人組に凝視され、シエルは僅かに身を引いた。
「あんたはそれで良いの、シエル?」
「飼い犬に褒美をやるのも飼い主の義務だ」
物事を割り切る彼女らしいといえばらしい考え方だが。
マダム・レッドとグレルは揃って顔を見合わせる。
恐らく扉の向こう側で聞き耳を立てているであろう件のあくまで執事に深く同情したのは言うまでもない。



END.