開け放たれた窓から、
 小鳥のさえずりが聞こえる。

 空気が澄み渡って、
 深呼吸をすれば青葉の香りがしてくる。

 シエルは朝の心地よいまどろみの中、
 手を伸ばして、横に横たわる筈の、
 セバスチャンに手を伸ばす。

 が期待に反して、そこには、
 冷たいシーツの感触があるばかりだった。


「ん・・? セバスチャン?」

「私はここです」


 うっすらと目を開けて、
 寝室の寝台から遠く離れた、部屋の角に、
 日差しからも影になって良くは見えないが
 セバスチャンらしき翳がみえる。

 
 目をひとしきりこすってから、
 凝らして見ると、
 真っ黒なオーラを背負って、
 どこか悲しげなセバスチャンが、
 漆黒の燕尾服に身をつつんで立っていた。

 
「なんで、ベッドから・・
 っていうか、そこで何してるんだ?」

「聞きますか?理由を−−」



 ・・なんだろう・・
 セバスチャンの声にかすかに棘がある・・
 しかも、その冷たい壁のような態度・・



「どうせ僕が聞かない限り、
 そこでそうしてるんだろう?

 言え、どうせなら早くいえ」


「そういう面倒くさそうな態度をするなら」



 ・・きたぞ、『考えがあります』
 ってくるだろ、これは絶対。
 そしてまた、
 わけのわからない所に連れて行かれたり、
 剣のありがたいご教授が始まったり・・
 
 ああ、面倒だ・・


 セバスチャンは微動だにせず、
 同じ姿勢のまま置物のように、
 立ち続けている。


「わかった。悪かった。
 僕の聞き方が悪かった
 本当にすまなかった。で、何だ?」

「わざとらしいにも程があります。
 そこまで重ねられると」


「じゃあもういい。聞かない」


 シエルはまたセバスチャンに背を向けて、
 寝具を肩まで引っ張って、
 寝直す振りを始める。


「え、聞かないんですか?」



 ・・よし!こっちのモードに、
 持ってこれた気がする



 シエルは背中を向けながらも、
 得意げに微笑してしまい、
 セバスチャンには気づかれまいと、
 すぐ笑みを消す。


「聞いて欲しいなら、聞いてやってもいい」


 いかにも平静を装い、
 威厳ある主のような態度を
 示せたことにシエルが満足していると、
 セバスチャンが溜息をついて、
 動く気配がする。


「もういいです。気にしないで下さい。
 モーニングティーをご用意いたします」



 ・・なに?そう来るかっ・・

 

 セバスチャンがいつものように、
 銀のワゴンに向かって、
 紅茶の用意をし始めると、
 シエルは落ち着かなさそうに、
 もぞもぞと寝具の中で動いている。



 ・・ここまできて、
 もう一度『何だ?』と聞くのは
 主としては、沽券に関わる。

 一体何だったんだろう・・
 あー・・気になる

 ・・っていうかもうすでに
 腹が立つ・・
 


 セバスチャンがシエルに近寄り、
 着替えの為に、シエルが寝台の上に、
 起き上がるのを待っている。



 ・・この手は使いたくなかったが・・


 そのセバスチャンの手を掴んで、
 自分の頬に当ててから、
 耳もとへ移動させる。

 セバスチャンは細く白い指で、
 シエルのピアスをさわり、
 その舌の柔らかい耳たぶを、
 弄ぶようにいじると、
 思い余るといわんばかりに、
 がばっとシエルに覆いかぶさった。


 ・・何て単純な奴・・
 貴様が僕の耳に弱いのは承知のことだ・・


 シエルの思惑通り、
 セバスチャンは冷たい吐息とともに、
 唇をシエルの耳たぶに寄せて、
 甘く噛み始めた。
 背筋を電気的な刺激が貫くように、
 シエルは仰け反り始める。

 その姿を紅茶色の瞳で、
 一瞬みつめたセバスチャンの瞳は
 つぎの瞬間には朱色に煌いて、
 タイを緩め始めた。


 ・・よしよし、
 その辺でそろそろ言い始めるだろう・・

 『私が申したかったのは』
 そんな感じで言い出すに違いない・・


 だがシエルの期待に反して、
 セバスチャンの愛撫は、
 エスカレートするばかりで、
 何も言い出す気配すらない。


「セバスチャン・・」

「名前をそうして言ってくださると、
 燃えます」



 ・・ちがう・・お前が燃えるのを
 期待してるんじゃないっ!・・
 そろそろ、
 朝の理由を言ってもいい頃合だろう?



「何か言いたい事があるんじゃないのか?」

「ああ、愛の囁きが欲しいのですね
 もっと積極的に求めてくださるなら、
 幾らでも」



 ・・全然ちがう・・
 そうじゃなくて・・

 ・・でも・・それも聞いてみたい・・
 こいつはどんな愛のささやきを、
 するんだろうか?
 って、違う!


 さらに愛撫が濃厚になってきて、
 これでは一向に埒があかないと、
 シエルは上体を起こした。



「今日はそんな体位で?」

「馬鹿か!もういい、服を着る・・」


 とベッドを出ようとすると、
 後ろからセバスチャンが羽交い絞めにして、耳元でささやいた。
 


「正直におっしゃい、何事も経験が大事。
 新しい挑戦あっての快楽ですから」


「いいこと言ってるように聞こえて、
 全然言ってない」



 本当にシエルが、
 服を着せてもらおうとしてると知って、
 セバスチャンは、
 不可解だという顔をしながら、
 寝台から一旦は離れようとするも、
 やはりシエルを押し倒す。



「諦めたんじゃなかったのか?」

「一度ついた炎は、
 そう簡単に消せはしません」

「責任をとれと?」

「よく分かってるじゃ有りませんか」


 ・・どうしてこう関係の無い事は、
 すらすらと会話が進むのに・・

 っていうかもうこいつも、
 忘れているのか・・
 朝の理由を・・
 
 いやそんなわけはない。
 こいつはそう言う事は執念深いんだ。


「考え事なんてしないでください」


 赤い舌でシエルの全身を愛撫しながら、
 セバスチャンが上目遣いで、
 シエルを見上げて言う。


「そんなことしてない」

「また嘘ばかり」

 
 セバスチャンの巧みな舌使いに、本当に、
 シエルは考える余裕すら無くなってくる。
 熱い吐息と断続的に高い喘ぎ声を出して、
 セバスチャンの腕を掴んで求め始めた。


 セバスチャンはシエルの両膝の裏を、
 両手で抱えて、尋ねる。



「お聞きになりたいのですか?」

「もう、そんなこと、どうだっていい、
 早く・・」


 
 二人同時に達した後の、まどろみの中で、
 シエルは、
 セバスチャンの朝の不機嫌の理由が、
 また聞きたくなっていたが、
 今聞けば、
 行為中もずっとそれを考えてたのかと、
 問い詰められそうで聞けずにいた。


 セバスチャンはそんなシエルをみて、
 くくっと笑った。


**********************************


 セバスチャンが、
 どこか遠くを見つめるような目で、
 シエルに問いかける。


「お分かりになって頂けましたか?」

「いや・・全然」


**********************************


 セバスチャンは尚も、
 クスクスと笑い続けながら、
 シエルの前髪を撫でかき分けて、
 額にキスを落とす。


「なんで、そんなに笑ってる?」

「ぼっちゃんは、
 本当に意地っ張りなお方だと思いまして」

「ふん!
 どうせ子供っぽいと言いたいんだろう?」



 顔だけ横に背けて、
 口を若干尖らせながらシエルは、
 不機嫌そうに言った。



「お聞きになればいいじゃないですか。
 自分から聞くのでは、
 プライドが傷つきますか?」

「自分から聞いて、
 お前が答えない場合だってあるだろうが。
 お前だって聞いて欲しいくせに、
 そうは言わない。
 同じだろう?僕たちは」


「だから、自分のプライドを守り、
 自分からは聞かないで、
 相手が勝手に教えてくれるか、
 そのままやり過ごすかを待つのですね?
 
 そうすれば、
 たとえ聞き出せないことがあっても、
 自分から聞いといて、
 相手が教えてくれないという、
 最悪のパターンだけは防げると」


「ああ、
 それはまさに最悪すぎるからな・・」
 
 セバスチャンの、
 面白がるような紅茶色の瞳をちらっと見て
 シエルは続ける。

「お前相手には」


「でも本当は貴方は聞きたい。
 私も聞いて欲しい。
 利害は対立していないはず」


「ではお前から言い出せ」


 セバスチャンはまたクスクスと笑って、
 シエルの柔らかい唇に、
 自分の冷たい唇を重ねて、
 舌を絡ませ始めた。


***************************


「これではどうです?」

 セバスチャンが、
 シエルを試すような顔をして、
 尋ねる。


「ああ、なんとなく」


***************************


 十分にシエルの口腔内を味わい尽くした後
 セバスチャンはシエルを、
 胸の上に抱きかかえている。

 燕尾服の肌触りのざらつきが嫌で、
 シエルはセバスチャンのタイを取り、
 ベストと白いシャツのボタンを、
 上から外して、
 その冷たい胸像のような胸に抱かれた。

 胸を通して、
 セバスチャンの甘美なテノールの声が
 聞こえてくる。


「貴方は自分から聞きだしておいて、
 私が答えないと、
 プライドを傷つけられますか?」

「ああ、
 それに逆に、
 お前は優越感にひたるだろう?」


「ふふ、さぁどうでしょうか」

 
 セバスチャンは、かすかに笑いながら、
 シエルの細い首を撫で、
 耳元まで指を動かして
 柔らかい耳たぶをいじりながら、続けた。

 
「そうやって、自分がミニマックス、
 最小の損失で防げるように戦略を立てると
 今みたいに、
 お互い動けなくなるんですよ」


「理由を聞けなくなると・・」


 セバスチャンは、
 シエルの柔らかい濃紺の髪を、
 くるくると自分の細い指に巻きつけて、
 遊びながら答える。


「お互いナッシュ均衡に陥りますから」

「もうどうにも、
 動かし難い状況になるというわけか」


 シエルは軽く溜息をついた。
 その温かい吐息にセバスチャンはもう一度
 シエルの体内に埋もれたくなるが、
 自制して、答えた。


「お互いが自尊心を優先させるなら」

「でも情報が、そこまでの、
 価値のあるものでなかったら?」

「それはいずれにせよ、
 聞いてみなければわからないもの」


「それが非協力型ゲームというわけか。
 お互い戦略を相手に伝えず、策を練る」


「ええ」


 セバスチャンの綺麗だとしか、
 言いようがない首筋のラインを見つめて、
 シエルは尋ねる。


「では、内容はどうあれ、
 僕にとって理由を知ることと、
 お前に自分から問いただすことの
 どちらが重きがあるかで、
 違いはあるのか?」


「いずれにせよ、ナッシュ均衡は、
 お互い尋ねないことでしょう。

 ただ同時にパレート最適であるかどうかは
 その比率によりますね」


「よくわからない・・」


 少しだけ頭を持ち上げて、
 シエルはセバスチャンの白い胸の上で、
 文字を書くように指を動かし始めた。


「くすぐったいですよ、ぼっちゃん」

 ・・Tell me your reason ・・


「ふふ、反則ですね。

 その可愛らしい口から、
 可愛い声で聞きたかったのに」


 セバスチャンは、
 シエルの背中回した腕に力を入れ、
 体勢を入れ替えると、
 シエルの露わな少年の身体の上に指で、
 Yes? my lord. と文字を描く。

 くすぐったくて、
 思わず笑いはじめるシエルの胸に
 軽くキスをして、頭をもたげ、
 シエルの小さな顔に寄せる。

 そしてセバスチャンは、
 紅茶色の甘い瞳で、シエルの水の底の様な
 大きく青い碧眼をまっすぐに見つめて、
 静かな声で語り始めた。
 
 
「理由は−−」

***************************


 セバスチャンがまた問う。

「もういい加減、
これで分かったでしょう?」


 シエルが面倒くさそうに答える。

「ああ」

***************************

 シエルは嫌な予感がして、
 目を見開いて言う。


「まさか・・教えない・・
 とか言うんじゃないだろうな!
 それじゃ詐欺だぞ」

「どこが詐欺なのかわかりませんが、
 そんな子供みたいなこと、
 私は言いませんよ」


 シエルの唇を細い指でなぞりながら、
 セバスチャンが答える。


「わかった、ここから色仕掛けで
 お茶を濁すつもりだろう?」

「ぼっちゃんみたいな、
 卑怯な手は使いません」


 ・・ばれてたか・・


 少し頬を上気させたシエルを見て、
 くくっと噴きだすように、
 セバスチャンが笑う。


「笑ってごまかすつもりか?」

「なんでそう、
 答えてくれない前提なんですか?
 では、言います」



***************************

 シエルが怪訝そうな顔をして尋ねる。

「今のは関係あるのか?」

 
 セバスチャンが微笑しながら、答えた。

「直接的には、ありません」

「わからなくなるから、
 要らないものは入れるな」

「御意」

***************************


「じゃあ、言いますよ。
 ぼっちゃん、浮気なさったでしょう」

「は??」


 心底驚いたという顔をして、
 シエルはセバスチャンの顔を?
 まじまじと見つめる。


「いや、待て、浮気の概念はなんだ?」

「気に入りませんね。概念からきますか」


 セバスチャンは眉をしかめて、
 シエルの身体の上から離れ、
 横に横たわって、天井を見つめた。


 ・・なにを言い出すかと思いきや、
 浮気だと・・
 ていうか悪魔にとって浮気って何だ?


「なぁ、セバスチャン。
 僕の眼にもう一つ契約印あるか?」

 
 シエルは心配になって、
 目蓋を触りながら尋ねる。


「恐ろしく馬鹿なこと聞かないで下さい。
 あるわけないでしょう。
 そんなヘビーな浮気の話は、してません。
 というかそこまでされたら」

「されたら?」

「仮定の話は止しておきましょう。
 そうではなくて、どなたかに、
 会いに行かれたのでしょう?お一人で」


 セバスチャンは顔を暗く曇らせて、
 切なそうな顔をして尋ねた。


「何でいちいち全部、
 お前に報告しなければならない?
 会ったら浮気か?
 っていうか、浮気ってそもそも」


 シエルは身体を反転させて、
 枕に肘をつき、顎をのせながら、
 真横に横たわるセバスチャンの顔を見る。
 セバスチャンはそんなシエルを見上げた。


「貴方は私の」

「あーはいはい、妻です、妻です」


 いかにも面倒くさそうに答えるシエルに、
 悲しそうな顔をしてセバスチャンが呟く。


「もうちょっと、
 情のこもった言い方はないのですか?
 せっかく宇宙の果てまで行って、
 結婚したというのに、
 感慨というものはどこへ?」


「悪かったな。
 お前ほどロマンチストじゃないんだ、
 僕は」

「それで浮気に走って?」

「誰が?」

「ここで第三者の名前が出てきたら、
 おかしいでしょう。
 貴方に決まってます」

「僕は一人で誰かに会っちゃいけないのか?
 何て束縛だ。
 じゃあ、仮にだ。
 僕が浮気したら、お前はどうする?」


 セバスチャンは、
 シエルの背後から覆いかぶさるようにして
 耳元で低い声で囁く。


「どうすると思いますか?」

「@耐える 
 Aちょうどいいやと自分もする」


 さらに耳元で漆黒の悪魔が囁く。


「ではもし仮に、
 私が浮気していたらどうしますか?」

「それは、自分だけ耐えて
 お前だけいい思いをされるのは
 絶対に許し難いから・・」

「ほう、なかなかに興味深い意見です。
 浮気すると」

「そこまでは言ってない。
 大体浮気なんてしてない。
 人に会えばもう浮気なのか?
 お前にとっては」


 シエルは手で、
 セバスチャンの頭を払いのけながら、
 振り向こうとするが、
 セバスチャンが振り向かせない。


「人によります。
 ああ、でも誰に会ったかまでは、
 言わないで下さい。

 余計傷つきますから。
 あなたは私と結婚していても、
 誰かに会えると楽しいですか?」

「楽しくなんてない。
 大体会ったわけでもない」

「ああ、もうそれ以上言わないでください。
 誰だか予想がついてしまいます」


 背中の漆黒の悪魔が、
 シエルの肩に頭を押し付けて、
 抱きしめてくる。


「お前だって僕に隠れて、
 何だか人に会ったりしてるじゃないか」

「それは貴方のためで、別に隠れてません
 お嫌でしたか?」

「ふん」


 しばらくしてから、
 ようやく漆黒の悪魔の腕の力が抜けると、
 シエルはくるりと身体を仰向けに返して、
 漆黒の悪魔を胸に抱きしめた。



**********************

 セバスチャンがシエルに尋ねる。

 「ちゃんと表をつくって、
  適当に値をいれてくださいね」


 シエルが不機嫌そうに答える。
 
 「今、やってる!」

**********************


「では、ここで貴方が会われたと仮定して、
 その人物、
 巻き毛の美しい女性としましょう」


 セバスチャンは頭を上げて、
 シエルに静かに話しかける。


「いや、もうその時点で、
 物凄く誰かを念頭に置いてないか?」

「気のせいです」

「ふん・・で?」

 
 怪訝そうな顔をして、
 シエルは微かに首を傾げながら聞いている


「その彼女は、
 たとえばライバルに私を置いたとします。

 彼女か私かどちらか積極的に動いた方が、
 貴方を手に入れられる状況だとして」


 セバスチャンは、
 淡々と風景を語るかのように、
 仮定の状況を説明している。


「僕は物じゃない」


「当たり前です、動きますから。
 続けますよ。

 どちらかが貴方を手にしたら、もう片方は
 諦めなければならないとします」


 セバスチャンが、
 シエルに分かっているかどうか、
 確認するような視線を送ると、
 シエルは頷きながら答える。


「まぁそうだな、普通は。
 そうじゃないとストーカーだ。
 
 だけど悪魔は執念ぶかい」


「ぼっちゃんも含まれますよ、悪魔に。
 それはおいといて、
 あくまで仮定の話です」


 シエルはぼんやりとつぶやいた。

 
「あくまで仮定の話を悪魔がする・・・」

「茶々をいれないでください。
 続けます。

 ふたりとも同じ様に貴方を追い求めると、
 貴方は結局どちらのものにもならず、
 しかも、
 のらりくらりと何も決めないで、
 あやふやに放置して、
 結果的に二人は傷つき、
 目の前から去っていくとして」


「もう、言葉に棘がある」


 シエルは眉を顰めて抗議しようとするが、
 セバスチャンは、
 人差し指をシエルの唇に置いて、制止する


「そうですか?
 それで、考えたとき、
 双方にとって、いわば、
 私と彼女にとって、
 一番いい結果は何でしょう?」


「それは・・僕を獲得することだろう?」

「ええ、それが最良の結果ですね
 次が、積極的にうごかず現状維持。
 その次が、目の前から二人とも立ち去る
 最後に、ライバルのものになる

 という順番で幸福度、
 つまり効用が決められているとすると、
 私と彼女にとって有効な戦略は、
 何でしょうか?」


 シエルは、考えに耽り始めながら尋ねる。


「というと?」


「では私の立場から考えて見ましょう。

 彼女が積極的に動くと考えると、
 私にもたらされる結果は、
 私が積極的にうごけば、二人とも立ち去る
 なにもしなければ、彼女のものになる。

 どちらの方がいいかといえば、簡単ですね

 先ほどの幸福度の順番からして、
 積極的に動いた方がいいことになります。
 
 そして彼女の立場から換算しても、
 同じ結果になります。

 そして二人とも積極的にアピールして、
 結果として、
 二人とも去る羽目になります。

 お互い非積極策は取りづらくなるのです。

 最悪のライバルに取られるのを恐れると、
 このようなナッシュ均衡にはまってしまい
 結果として最良の結果、
 貴方を得られるという選択肢が、
 得られなくなるのです」


 流麗に話し終わった後、
 セバスチャンは物悲しげな顔で
 深く溜息をつく。


「でもな・・セバスチャン・・
 僕たちは結婚してるんだから、
 今更、そんな仮定状況に陥るわけもない」


「ええ、現実には、
 私はその彼女がそう出られたら、
 引きますから。

 そんな展開にはならないのですが」


 といって漆黒の悪魔はシエルに微笑する。
 シエルは、何を言ってるという顔で呟いた


「お前が引いたって、
 僕たちには契約がある」

「結婚生活があると言ってください、
 そこは」

「どっちでも同じ事だ・・」


 シエルは、
 セバスチャンの漆黒の髪を触って言う。


「僕の元を離れるなんて、許さない」

「わかってます、単なる喩えです」

「裏切るな、絶対・・・」

 
 シエルはセバスチャンを抱き寄せた。


「裏切り−−ですか。

 ぼっちゃんは囚人のジレンマを、
 知ってらっしゃるでしょうか?」


 セバスチャンはシエルの顔を見つめながら
 話し始める。


「ある事件の共犯の二人の囚人がいて、
 別々の場所で取り調べが行われています。

 裏切って自白すれば、無罪、
 その代わりに相棒は懲役十年

 お互い黙秘すれば、事件の概要が分からないので微罪で済み、懲役1年。
 お互い自白なら、懲役5年。

 囚人同士は隔離されていて、
 お互い連絡をとれないとすると、
 彼らはどのような行動に出るでしょう。

 ぼっちゃんならどうしますか?」


「相手が仮に黙秘してくれていれば、自分も黙秘すると1年、自白すると無罪。
 相手が自白していれば、自分だけ黙秘すれば十年、自白すると5年。

 どちらの場合でも自白した方が、
 刑が軽いから、自白を取るな」


 シエルはやや考えてから、答える。


「そして相手も同じように考えるので、
 お互いの最良の結果である、
 お互い黙秘して、
 無罪の選択肢がなくなります。
 
 これが囚人のジレンマとよばれる状態、
 ナッシュ均衡が最適ではないケースです」


「ああ」

「いまこの黙秘と自白を、
 協調か裏切りかに置き換えて、
 考えて見ましょう」

「裏切った方が得というのか?」

 
 シエルは、
 セバスチャンの緩んだタイを掴み上げて、
 顔を近づける。


「ぼくはお前の裏切りは絶対許さない」

「ええ、私も貴方を裏切りはしない。
 だから今説明しているのです、
 何故私が貴方を裏切らないのかを」


「でも今お前は言ったじゃないか、
 囚人のジレンマを利用して、
 お互い裏切りといえる自白を選んだ方が得だと・・」


 シエルの掴みかかった手の上に、
 自分の手を重ねて、
 セバスチャンが優しく微笑み言う。


「ええ、言いました。ですが、
 それは二人にとって最適な選択ではないと
 申し上げたはず」

「だからと言って、
 危険なリスクを冒しはしないだろう?
 お前は」


「ただ一回のみ、
 この囚人のジレンマのような状態で、
 強調か裏切りか選ぶのでしたら、
 圧倒的に裏切りが有利でしょう」


 セバスチャンはシエルの頬を、
 撫でながら言う。


「でも現実は1回のゲームではない。
 さっきのやり取りのように、日常茶飯事で
 毎回ゲームが繰り広げられる」


 シエルは澄み切った青い碧眼を向けて、 
 尋ねる。


「繰り返しだと、結果は変わるのか?」


「繰り返し、囚人のジレンマのようなゲームをした場合、
 いくつかの戦略が考えられます。

 そしてさっきのミニマックス戦略、
 要は、
 自分の損失をできるだけ少なくするために
 必ず裏切る戦略は、
 決していい成績を収めません」


「では何がそれに優るんだ?」


「トリガー戦略と呼ばれる、
 相手が裏切るまで協調を続け、
 相手が1回でも裏切ったら、
 その後は裏切り続ける戦略ですら、
 ミニマックス戦略よりは、ましです。

 そしてそれより優る物は、
 しっぺ返し戦略です」


「ああ、なんかお前っぽい。
 もうその名前からして既に」



 あるあるという顔をして頷くシエルに、
 眉を片方下げながら、
 セバスチャンは苦笑する。



「しっぺ返し戦略はその名前の通り、
 相手が前回取った行動と同じ行動を取り続ける戦略です。
 そして大事なのは、
 最初は協調から始めることです」


「裏切りは双方にとっての、
 デメリットっていうことか」

「ええ。
 このしっぺ返し戦略は、
 フォートランというコンピューター言語で
 たった4行で終わる簡易なものでしたが、
 数多の複雑な言語に打ち勝って、良い結果を残しました」

「それが最強の戦略か?」


 セバスチャンは青碧眼を知性に煌かせているシエルを見つめて、
 背中に手を回して強く抱きしめた。


「なんだ・・いきなり!
 せっかく話が面白くなってきたのに」

「ぼっちゃんはゲーム好きですからね、
 戦略という言葉をきくと、
 そんなにも眼を輝かせて。
 それを見ていたら−−」

「抱きたくなったとか、
 言うんじゃないだろうな・・」

「よくお分かりですね」

 
 セバスチャンの手が背中から伝って、
 丸い双丘に隠された部分へと伸ばされると、
 シエルは「仕方の無い奴」と一言呟いて、
 腰を浮かせてその手に応えていった。


 シエルの吐息が次第に熱を帯び、
 「来い」と声がすると同時に、
 セバスチャンはシエルの狭すぎる内部に、
 ゆっくりと侵入していく。


「もしも・・僕が先に
 ・・お前を裏切ったら・・」


「そうしたら根元まで入れて差し上げます。
 ああ、決してご褒美ではありませんよ。
 それを期待してなどと馬鹿な事は、
 なさらないでくださいね」


 −−貴方は最終的には、
 私を裏切りようがないものを−−


 腰の動きとともに、虚ろな眼になっていく
 シエルを見つめて、その唇に唇を重ねた。


***********************

 セバスチャンがシエルの前に立って言う。

「では実際に25回目までの表に、
 例に沿って、数値を入れて総合得点を
 換算してみてください」


***********************


 幾度と無く放出を繰り返させられて、
 四肢を弛緩させ、壊れた人形の様になった
 シエルの艶かしい身体を
 後ろから抱きかかえながら、
 尚も漆黒の悪魔が貫き続けている。

 シーツの上に横向きに押し付けられた
 シエルの顔を眺め、
 焦点の合わない虚ろな緋色の瞳を見ると、
 漆黒の悪魔は同じ色に瞳を煌かせて、
 さらに激しく腰を振り、
 シエルの身体は機械的に痙攣を始める。


「もう狂うから・・」


 −−いや、もう既に狂っているのですー
 私も、貴方も−−


 最後に漆黒の悪魔がその形の良い眉を寄せると、一際大きくシエルの身体が痙攣した。
 そして漆黒の悪魔は、口端から流れ出るシエルの唾液ですら愛しそうに舐める。
 そのまま抜き出しもせずに、
 漆黒の悪魔が話し始める。


「私が裏切らない理由は、
 分かりましたか?」


 放心して答えの無い、
 シエルの耳と髪に口づけを落として、
 セバスチャンはそのまま後ろから抱きかかえて、寝台に横たわった。


 随分長い時間が経って、シエルが言う。


「いつまで入れとくんだ、早く抜け」

「酷い言い様ですね。
 普通は、一つになっていて嬉しいとか
 そう仰るものではないのですか?」

 
 傷ついた風なセバスチャンの声に、
 シエルは笑いそうになりながら答える。


「そんな台詞をお前は、
 どこで聞いてきたんだ?」

「お知りになりたいですか?本当に」

「嫌だ、聞きたくない」

 耳を塞ぐ格好をするシエルに
 今度はセバスチャンがクスクス笑う。


「お前が僕を裏切らないのは、
 忠誠を誓ってるからじゃなくて
 それが最善の戦略だからというわけか」

「有り体に言えばそうなります、
 ご不満ですか?」


 抱きかかえながら、セバスチャンは、
 シエルの身体のラインを指で謎って尋ねる


「いや、その方がお前らしい。
 忠誠といわれたら、吐き気がする」

「では何故しっぺ返し戦略が、
 優秀かわかりますか?」

 
 シエルが指の感触にびくっと身体を震わせると、自分の中の漆黒の悪魔の部分を感じて
 さらに仰け反るのを、
 愉快そうにセバスチャンは眺めている。


「やめろ、遊ぶな。
 わからない、なんでだ?」

「上品で、寛容で、シンプルだからです」

「どういう意味だ?」


 シエルは、
 セバスチャンの顔の表情が見たくて、
 無理やり抜こうとするが、
 抜かしてもらえず、じたばたしている。



「自分からは裏切らないという意味で、
 上品で、
 相手が裏切っても次に協調すれば許すという意味で、寛容で
 シンプルな為、
 相手側に自分の戦略が伝わりやすく、
 そのため裏切り行為が発生しにくくなり、
 協調行為が生まれやすいからです」

「ふん、なるほどな」

「基本的に悪魔は、そういったものです」

「上品で、寛容で、シンプルだと?」

「行動理論的に−−という意味ですよ。

 そういうプログラムに良く似ているのです
 人間と違って迷いや、道徳観や、
 育った環境などの
 複雑な因子の影響を受けないので」

「上品なら、いますぐ抜け。まったく!」


 聞こえていないかのようにセバスチャンは
 シエルの下腹部に手を這わせ始めた。


「この悪魔のプログラムは、絶対壊れてる。
 誰が、感じさせろと言った?」


「悪魔は利己的です。

 このゲーム理論も、中心となるのは、
 各個人がいつでも、
 互いに自己の利益のみを最大限追求する
 利己的な存在であると仮定して、
 作られています」


「お前が抜きたくないから、抜かないと・・
 そう言いたいんだな?」

「ええ、端的に言えばそうです」


 シエルの身体が、
 セバスチャンの愛撫に反応し始めると、
 漆黒の悪魔は、
 またも腰をゆっくりと動かし始めた。


「もう、本当に駄目だ。
 さっきもあんなに馬鹿みたいに」


 シエルがなんとか逃れようとしても、
 後ろから羽交い絞めにあうばかりだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「もう今日は無しだからな」


 シエルはようやく、
 服を着替えさせてもらいながら、
 つぶらな青碧眼に不穏な翳を作って、
 執事服姿のセバスチャンを睨みつける。


「今日といいますと?」

「最低24時間だ」

「随分厳密なのですね−−」


 セバスチャンは、がっかりした様子で、
 シエルの黒いシャツのボタンを留めている


「悪魔がシンプルはいい、認めてやる。
 だが上品と寛容ってのは絶対違うだろ?」

「寛容でしょう?神よりは−−。
 何と言ったって、こちらは広き門、
 あちらは狭き門、ぼっちゃんは−−」


 黒いリボンタイを、
 きゅっという音を立てさせて結び終わる。


「いい、皆まで言うな・・。
 やっぱり下品だ」

「では上品に今日は、
 夫婦でどこぞの舞踏会にでも行って、
 踊り明かしませんか?
 久々にウインナーワルツが、
 聴きたい気分です」


 最後にシエルに靴下をはかせて、
 靴下止めで固定してから
 子羊の皮製のブーツを履かせる。


「お前のお陰で身体ががたがたなのに・・」

「どうせ、
 貴方はぶら下がってるだけなのですから、
 あまりお変わりないでしょうに」

「酷いな・・」


 機嫌を害したといわんばかりの顔で、
 シエルはふくれている。


「すみません、嘘がつけない性分でして」

「それも何か?
 戦略的意味あってのことか?」

「ええ、まあ一応」

「どんな戦略なんだ」


 シエルは興味を持ち始めて、
 セバスチャンに先を言えと目で促す。


「それは、
 戦略と呼ぶほどのものではありませんが、
 一応ゲーム理論は、
 結果に対して嘘がないことが前提です。

 そしてたとえば、浮気の例のときのように
 したかどうか、相手にはっきりわからない

 要するに協調したのか、裏切ったのか、
 正確に相手に伝わらないような
 ノイズがあった場合、
 しっぺ返し戦略は、
 あまり有効に働きません」


「ああ、実際裏切ってないのに、
 相手が裏切ったと思って行動すると
 それに対して、しっぺ返しされて、
 物事が悪化するんだな?」


 セバスチャンに促されて、
 シエルは寝台から降り、
 エントランスホールに向かいながら尋ねる


「その通りです、ぼっちゃん。
 やはり効果が出て来ましたね−−」

「なんの効果だ?
 頭が良くなる薬でも盛ったのか?」

「そんな薬があったら、
 毎日ちゃんとお出ししますよ」

「じゃあ、お前は性欲抑制剤でも飲んどけ」


 階段の手すりに捕まりながら、
 後ろを歩むセバスチャンに振り向いて、
 悪戯な笑みを向けつつ、シエルが言う。


「子供の喧嘩には付き合えないので、
 先続けますよ。
 そういうノイズのある場合は、
 パブロフ戦略と呼ばれるものが有効です」

「犬か。それもお前っぽい」

「嫌いなのを知ってて−−。
 しっぺ返しを喰らいたいんですね、
 このお子様は」

 セバスチャンは心持眉をしかめて言う。


「ふん・・・で、パブロフが何だって?」

「パブロフ戦略とは、
 前回の結果を自分で査定して、
 よかったら同じものを、
 悪かったら他方を選ぶ戦略です」

「なるほど、相手の選択依存ではなく、
 あくまで、
 自分での評価に基づくってことか」

「ええ、ですがやはりノイズ、
 いわゆる誤解・誤謬は少ない方が、
 戦略としてはシンプルなので、
 日頃から嘘をつかないというのは、
 十分良い作戦かと」


「なるほどな、
 ってどこいくんだ僕たちは?」


 馬車が目の前に止められて、
 シエルは中に乗り込まされながら尋ねた。


*****************

 セバスチャンは眼鏡に繋がった鎖を、
 指で弄りながら、
 ポインターを動かして説明を終えると、
 目の前の椅子に座るシエルに問い掛けた。


「設問を全て記入したら、
 こちらに渡してください」


 
 シエルは最後の問題に苦しみながらも、
 記入をすませ、
 面倒くさそうにセバスチャンに手渡した。



「ちゃんと理解できたようですね、
 では何かご質問があれば、どうぞ」

「さっきの紙芝居で、
 なんであんなに関係ないシーンが、
 わんさと出てくるんだ。
 意味有るのか?」


 ペンの先を唇に押し当てながら、
 シエルは不可解そうに尋ねる。


「ええ、あります。

 一定期間ごとに、
 性欲を刺激する光景を入れることで、
 中脳・腹側皮蓋野A10DA含有核―大脳皮質・前頭前野への
 ドーパミン反射経路を亢進させ、
 そのいわゆる報酬系回路と
 知覚情報入力を相関づけることで、
 学習効果の亢進を図っています」


「長ったらしい説明だったが、
 要はパブロフの犬だな」


 よく舌がまわるなと、別の事を考えながら
 シエルは要約した。


「ええ、言えばそういうことです」

「べつにあんなシーン見たからと言って、
 勉強欲が向上するとも思えんが」


 怪訝な顔をして問うシエルに、
 表情一つ変えずにセバスチャンが答える。


「新たな実験の一つとしてお考えください」

「僕は実験台かっ!
 それに中で僕はあんまりな扱いだ」


 ふくれっ面で声高く抗議するシエルに、
 セバスチャンが、
 含みのある笑いをしながら言う。


「私の日頃の鬱憤を晴らした、
 とでもお考えください。
 ゲーム理論はきちんと理解できましたね。
 他に質問は?」


 ポインターを振り回しながら、
 家庭教師然としたセバスチャンが、
 眼鏡ごしにシエルを見つめて尋ねた。


「あの後何処行ったんだ?」

「さぁ踊りにいかれたのではないですか?
 ワルツを。

 さっきから思うのですが、
 もうちょっと中身に関する質問は、
 ないのですか?」


 やや呆れたという顔をして、
 セバスチャンがポインターで、
 机をトントンと叩いている。


「何故僕が妻なんだ」

「それは中身ではありません」

「・・
 結局僕は何のために勉強してるんだ?」


 しばらく沈黙が続き、
 セバスチャンは額に手を当てて、
 目を閉じながら、愕然とした様子で答えた


「ああ、ぼっちゃん、中身以前の問題です、
 そこまでくると。

 本当に、
 わかってらっしゃらないのですか?」


「全然」


「ここまで、一生懸命、
 説明してきたのは何だったのです?
 私の努力は−−。

 もう一度この勉強の趣旨を言いますよ。

 悪魔になられたのですから、
 悪魔的思考を理解して、
 私とのコミュニケーションを、
 円滑にするべく、ご説明申し上げますと、
 最初に言ったではないですか!」

「ああ、そういう趣旨だったのか・・
 ではもう一回・・」


 抜けしゃあしゃあとそういうシエルに、
 くらくらと眩暈を感じながら、
 セバスチャンが言う。


「最初から説明しろと? 
 ご冗談を。

 では、
 最後にこれだけ覚えておいてください。
 悪魔は、人間と違って揺るぎがありません
 だからこそ、
 ナッシュ均衡にはまりやすいともいえます

 ジレンマを抱えやすいのです。
 ある状況下では。

 そして人間ほど、
 それの打破はたやすくないのです。
 揺らがないだけに」


「そうなった場合どうやって打開する?」

「コインでも投げるか、
 太陽黒点の数で決めるか、
 とにかく自分以外のものによって、
 選択しない限り、
 抜け出せないでしょうね」


 ・・それが唯一の悪魔の弱み?・・


「悩むお前が見てみたい」

「嫌な趣味です」


 セバスチャンはポインターで、
 シエルの顎をすっと引き上げて、
 甘く口づけして言った。


「悩ませてごらんなさい」

*******************

<完>