「永遠の契約を」

シエルは兎に角、機嫌が悪かった。
食事中も、執務中も常にイライラしていた。
それと言うのも常に傍に仕えている黒い執事のせいなのだが、本人は至って涼しい顔。
セバスチャンは、自分の想いを告げたのだから、不機嫌である筈がない。
一方のシエルの機嫌は、地の底を這っている黒々とした闇に包まれた様な暗いものだった。
 フゥ・・・とシエルは溜息をつく。
「何で今頃あいつは・・・」そう全ては数日前のベッドの中の出来事・・・
いつもの様にセバスチャンは、全ての業務を終えたら、主のシエルの寝室に戻るのだ。
恋人の時間の為に・・・数日前の夜もいつもと変わらぬ、熱い夜・・・
筈だった・・・
しかし、セバスチャンはいつもと違ったのだ。
自分の想いを告げる為に、シエルに告げた。
「坊ちゃん、結婚して下さい。」想いもよらぬ言葉・・・
「はっ?」シエルは、訳が解らず、聞き返した。
「ですから、私と結婚して、永遠の契約を」「どうしてそうなる?お前は、僕との契約を終えたら、この魂を喰らい、僕の生を終わらせてくれるんだろう?それが僕達の契約だったじゃないか?何を今更・・・」「ああ、言葉が足りませんでしたね、貴女を愛しています。私が貴方の魂を喰らったとしても、貴方の全てを奪い尽くさぬ限り、貴方は死ぬ事はありません。ですから、私の伴侶としての契約を」「契約違反だ!今更そんな事言うな!チェックメイトが近いんだろう?だが、僕はお前と共に生きるつもりはないんだ・・・知ってるだろう、お前だけは、僕の全てを真実を知ってる唯一の存在なのだから・・・」シエルは泣きながらセバスチャンのシャツを掴む。
セバスチャンを愛している・・・だからこそ魂を捧げ、一つになって「人」と言う柵から逃げたかった。
しかし、セバスチャンの言う「永遠の契約」をしてまで生き続けるつもりもないシエルだった。
「嘘を吐く」事に耐えられなくなってきたから。
「申し訳ございません、坊ちゃん、貴方を苦しめてしまいました・・・それでも私は、貴方と共に生きたいのです。貴方を失いたくないから・・・悪魔のくせに愚かだとお笑い下さい。私は貴方を殺せない・・・」セバスチャンは嘘偽りのない本音を吐露した。
 しかし、シエルには、受け止める事など出来はしない。
 全てを終え、復讐に生き、悪魔であるセバスチャンを駒として使い、その手を血に染めたのだ。
許される事はない己の罪・・・
犠牲を払ってまで、唯、自分のプライドを守る為の復讐に過ぎないのだ。
手を血に染めた自分が、失った大切な人を忘れ、セバスチャンと共に生きる事など出来ないのだ。
シエルもセバスチャンを愛しているから、自分に縛り付けたくないのだ。
首に鎖をつけ、拘束している今の状態から、一日も早く解放してやりたいのに、シエルの前に敵は一向に姿を現さなかった。
セバスチャンはシエルを優しく抱き締める。
「坊ちゃん、私が性急過ぎました。貴方と愛し合う毎日に浮かれ気味でした。下僕の身では、過ぎた願いかも知れません。それでも、いつか貴方が私を見て下さる事を望みます。ああ、月があんなに高い・・・お身体に障ります。お身体お清め致しましょう。」セバスチャンはシエルにフラれた事になろうとも、気にせず、執事の顔に戻り、シエルを温かい濡れタオルで清めていく。
「んっ・・・」シエルは温かいタオルで、身体を拭かせている間に眠ってしまった。
スゥスゥと寝息を立てるシエルの髪を優しく撫でながら、セバスチャンはシエルを腕に抱いたまま、シーツに潜り込む。
「人」とは違い何百年と生きてきたセバスチャンだ。
今更シエルにフラれたくらいではめげない。
それからと言うもの、セバスチャンはシエルの心変わりを期待して、彼是、シエルの心を掴む為に、猛アタックを開始したのだ。
「愛しています」と毎日囁き、使用人達と同じ部屋にいようが、隙を見て、チュッと軽くキスしてみたり・・・
執拗な夜の情事は毎晩行われるし、シエルは些かウンザリしていた。
セバスチャンは有能だ。
見目麗しい執事だ。
自分の家に仕えていなければ、言い寄る女も数えきれないだろう。
それでも、悪魔のくせに優しいからと言って、シエルには、素直に縋る事など出来ない。
(女だったら、もっと素直になれたんだろうか・・・)セバスチャンが情報を得る為に、女を誑かせているだろう事は、皆無ではないだろう。
子供である自分を重んばかって知らせてないだけで・・・
それは嘘ではない。聞かれないから、答えないだけ・・・
ある日、女王の手紙が届く・・・
今回の依頼は、潜入調査ではあるが、過去の事件を思い出す。
娼婦を狙った殺人事件・・・まるでマダム・レッドが引き起こしたジャック・ザ・リッパーの事件の再来の様で・・・
シエルの心に重く伸し掛かる痛み・・・
「大丈夫ですか、坊ちゃん・・・」セバスチャンはシエルの顔色を伺う。
「ああ、大丈夫だ・・・」「そんな訳ないでしょう・・・こんなに青ざめて・・
・ご無理なさらなくて、宜しいのですよ?この事件貴方には、荷が重過ぎます。」セバスチャンは、優しく抱き締める。
「離せ!セバスチャン」「いいえ、離しません」甘え様とはしないシエルをしっかりと胸に抱き締め、優しく頭を撫でるセバスチャン。
「僕は子供ではいられない・・・甘えてはいけないんだ・・・」シエルは消え入りそうな、か細い声で呟く。
「何故、貴方の全てを知る私にまで、強がる必要があるのですか?貴方はご自分の未来を犠牲に魂と引き換えに復讐を誓われた。でも、それが何だと言うのですか?私は貴方を愛しております。どんなに辛くとも決して立ち止まらない。茨の道であろうが、前を見て歩いていく。どれ程傷付く事があろうと、構わず突き進む・・・しかし、心は偽れない悲鳴を上げて屑折れる前に私に縋れば宜しいのです。これは、悪魔としての誘惑ではありません。貴方を一人の男として愛する私の真実の心です。貴方は信じては下さいませんでしょうが・・・」何時になく、セバスチャンの肩が震えているのに、シエルは気付く。
いつも嫌味しか言わないセバスチャンが・・・
「セバスチャン・・・」シエルが切なくなり、セバスチャンを覗きこむ。
唇が重なり合おうとした時「坊ちゃん!」突然の侵入者。
「フィニ、何ですか?ノックもなしにいきなり・・・主の部屋には無断で入るなといつも・・・」「坊ちゃん泣いてる・・・あぁ、セバスチャンさんが虐めたんだ。もう、嫌味ばかり言うからですよ。ダメな人ですね、セバスチャンさんは・・・」フィニはセバスチャンの小言など耳に入らない。
「違うフィニ、セバスチャンが悪いのではない。マダム・レッドの事を思い出して泣いた僕を慰めていただけだ。お前が気にする事ではないぞ。」涙を滲ませながらシエルが言う。
(何時の間に僕は・・・泣いていたのだろう)シエルは気付いてなかったのだ。
マダムを殺したのはグレルだが、救えなかったのは、自分だ。
大切な肉親だったのに、「女王の番犬」である限り、罪には罰を与える。
それが正しい事か、悩む暇もないのだ。

自らが選んだ茨の道・・・セバスチャンがいてくれたから、立ち止まる事なく進んでいけたのだ。
10歳の時の契約があったから・・・
「そうだったんですか、それじゃ僕は感違いして、セバスチャンさんに失礼しました。お取り込み中、すみませんでした。」頭を下げ、そそくさと退出する。
「お取り込み中って・・・」シエルが、セバスチャンの腕の中で、耳まで真っ赤に染まっていた。
「フィニはそう言う事には、疎いと思ったんですけどね・・・まぁ、パルドと一緒にいればね・・・」セバスチャンは溜息を付く。
「お前!気配で解っただろうが、しっかり抱き締められたとこ、見られたんだぞ(・_・;)明日、奴らに合わせる顔がない・・・」シエルは怒りやら、恥ずかしさで、フルフルと身体を震わせる。
「構わないでしょう・・・貴方との契約が今のまま完了したら、私は貴方の魂を喰らい、殺す事になる・・・どの道、使用人達とは、いつまでも一緒にいられないのですから・・・」そうもし、シエルがセバスチャンの申し出を受け入れ「永遠の契約」を交わし、結婚して「伴侶の契約」をしたなら、もう人ではいられない。
完全な悪魔でもないが、不死になるのだ。
但し、セバスチャンに「死」が訪れた時、共に死ぬ運命なのだが・・・
シエルは泣きながら想う・・・
セバスチャンと契約したから、今の自分がある。
悪魔は人を誑かし、破滅させるが、セバスチャンは自分には、嘘は吐かない。ならば共にいけるとこまで、堕ちてみようかと・・・
「セバスチャン、本当に僕を愛しているのか?僕の全てが欲しいのか?僕は、お前好みの魂でなければ、お前に飽きられるかと思っていた。お前は僕の最後の砦。お前を奪われる訳にはいかなかった。僕は信じたくなかったんだ。同族に穢された僕を悪魔のお前が愛するなんて」「坊ちゃん、貴方の全ては既に私のモノ・・・貴方の真実を知るのも私だけでいい・・・苦しまないで、私を見て私だけを・・・」セバスチャンはシエルを優しく抱き締める。
 「僕もお前を愛している。お前が飽きた時は、僕を殺してくれると約束しろ・・・でなけりゃ契約なんてしてやらん・・・」「では、私と結婚して下さると・・・」「ああ・・・」ぶっきらぼうに言うシエル。
 「フフ、坊ちゃんらしい・・・では、ここに契約の証しの指輪を・・・」セバスチャンがいつの間にか取り出したサテンのケース。
 中には、青いシエルの瞳の様な石と、紅いセバスチャンの瞳の様な石・・・
 サファイアとルビーだった。
元は一つだったとされる二つの宝石。
ルビーはオレンジがかった濃い色で「ピジョンブラッド(鳩の血)」と呼ばれ最高級品だった。
「お前の瞳と同じ色だな」シエルは輝く宝石達を見て、嬉しそうに笑った。
本来、結婚指輪は、同じ石が通例。
しかし、二人の瞳の石をお互いが持てば、契約は強固なモノになる。
「いかにも、悪魔らしいお前の考え方だな。独占欲を露わにしたと言うか・・・」シエルは左の薬指にルビーを嵌められながら呟く。
「でしょう?これで貴方は私のモノ、では、こちらを・・・」自身の手袋を口で外し、シエルに左手を差し出す。
不器用ながらも厳粛な気持ちで、シエルはセバスチャンに指輪を嵌める。
セバスチャンの指には、スクエアカットのサファイアが、シエルには、丸みを帯びたルビーが・・・
 どちらからともなく重なる唇・・・
 まだ外は明るい・・・使用人達が働いている時間・・・
 セバスチャンは素早く燕尾服を脱ぎ、机の上に敷くと、シエルをそのまま押し倒し、深く口づける。
 器用な指先はシャツを肌蹴け、愛撫し易く、服を脱がしにかかる。
 「んんっ」無駄とわかっても、シエルは抵抗する。
 ズボンをズルッと下げられたら、何をされるかなんて解りきってる。
 (せめて寝室で・・・)自分の頭の中など、セバスチャンに覗くのは容易いだろうと、考え訴える。
 案の定「無駄ですよ、折角貴方が、プロポーズ受けて下さったのですから、今ここで抱かせて下さい。それに、私にも余裕などないのですから・・・」抵抗するシエルの手を下肢の自身に触れさせれば、ピクリと感じるシエル。
 体温の低い男は、シエルを抱く時のみ、熱くなるのだ。
 はぁはぁと珍しく息の上がる悪魔セバスチャン。
 冷静な彼を乱すのは面白かった。
 「昨日も僕を抱いたくせに・・・もう待てないのか?」「ええ、貴方が私をそうさせるのです。悪魔なのに人に弄ばれて・・・もう、一生責任取って下さいね。」「フフ、主足る者それくらい出来なくてどうする?」「もう貴方には敵いませんね」ハハハ・・・フフフ二人の笑い声が執務室に木霊する。
 「あっそこやっ・・・」執拗なセバスチャンの舌がシエルの秘部を舐める。
 早く、挿入したくてセバスチャンは、愛撫を省き、舐めて濡らすのだ。
 まるで、犬の様に・・・
 「もう、本当に駄犬なんだから・・・お前こそちゃんと責任とれよ」

「ええ・・・マイ・ロード。貴方の全ては私のモノ・・・そして私は貴方のモノ・・・これで今日より貴方は私の伴侶です。」言葉と共に、挿入され、激しく揺さぶられる。
「ああっ・・・そんな激し・・・」息も絶え絶えのシエル。
「まだまだ、これくらいでは、全然足りません。私が飽きる程抱かせて頂きます。」「待て!僕が悪かった。焦らせたお仕置きなんだろう?せめて夜まで我慢して」「もう、待てないと言ったでしょう?存分に貴方を抱かせて頂きますよ」
ズプッ深くなる律動にシエルは、唯、悶えるだけ・・・
「愛してますよ、マイ・ロード」セバスチャンの声が部屋に響く。
シエルは熱くなる身体に、意識を飛ばしかけ、何度も何度も、セバスチャンに翻弄されていった。
悪魔に抱かれる本当の意味を、愛される怖さを想い知ったシエルだった。

                       FIN




はじめまして、九条静音と申します。
同人活動は20年振りくらいで、時代の流れを感じました。
麗しいシエルとセバスチャンに嵌って三年目・・・
「結婚企画」と言う事で、参加させて頂きまして、ありがとうございました。
イラストのシエルのウェディングドレスは、私が着た物の写真を元に描いてみた物です。ご覧下さいませ。
セバスチャンのタキシードは、今年1/1母になった主人の姪の夫の物を参考に描いてみました。
「永遠の契約を」セバシエの結婚話を書きたくて、書いて見たので、穴だらけ(・_・;)
フィニは唯のお邪魔虫に・・・
事件もどこいった・・・まぁ、メインはセバシエですので、お許し下さいませ・・・
月猫様、ようとん様、ありがとうございました。