始まりは奇妙な指輪だった。


従姉妹であるエリザベスは事前連絡もなしに唐突に僕の屋敷へ遊びにきた。企画書やら決裁待ちの書類が山のように積み上がっており、ファントム社の仕事に追われていた僕は、到底、今はエリザベスを相手にできる状態ではなかった。執事であるセバスチャンには腹に何か詰めて追い返せと命じたが、それで素直に帰る彼女ではなかった。
最近シエルは仕事ばかりで全然私に構ってくれないと駄々をこね始めた。こうなってしまうとあまり邪険に扱えば後々厄介なことになる。仕方なく彼女の気が済むまで付き合う覚悟をした。何がしたいと問うた僕に彼女はかくれんぼがしたいと言い出した。昔、両親が生きていた頃、犬のセバスチャンが傍にいた頃、よく僕達はかくれんぼをしていた。父や母が鬼になって僕達を探した。シエルは暖かく幸せだった時代を回顧する。あの頃は世界の全てが優しいもので出来ていると思い込んでいた。無知で愚かな小さな僕。今はそんなものがまやかしであったと知っている。世界は常に不平等で無慈悲だ。
昔を懐かしむリジーの気持ちも分からないでもないが、まだ昔を懐かしんで過去のことを話すには、僕の傷口はまだ柔らかく生々しかった。それでも彼女が自分を気遣ってくれていることは分かっていたから、昔話はせずともこの遊びに付き合ってやることにした。






結局、リジーはかくれんぼを二人だけでやるのはつまらないと言い出したので、結果、使用人全てを巻き込んだ遊びになった。あのセバスチャンでさえ。さすがのセバスチャンも主の婚約者に誘われれば断れないらしい。それもまた執事として主の僕の顔を立てたということだろう。私も暇ではないのですがねと僕にしか聞こえないよう耳元で毒を吐くのはいつも通りであったが。
公平にジャンケンで鬼を決めることになり、フィニが鬼になった。フィニはしゃがみ込み、両手で顔全体を覆い隠して目を塞いで大きな声で「いーち、にぃー…」とゆっくり数を数え始める。
皆それを確認すると一目散に駆け出した。全員、別々の方向に散り散りに走り抜けていく。
隣のセバスチャンは「坊ちゃんはどうします?」と尋ねてきたので僕はせっかくだから付き合ってやるさと答えて、リジー達とは違ってゆっくりと屋敷の方に向かって歩いていった。さて、どこに隠れようか。リジーやバルド、メイリンが隠れそうにない場所で、フィニが探しに来ない、若しくは探しに行きづらい場所がいいだろう。そう考えているとふといい場所が思い浮かんだ。あいつらが絶対に隠れようと考えない場所でフィニが探しに来そうもない場所。僕はセバスチャンの私室へと来た。ここへ来たことは殆どない。セバスチャンに用がある時はベルさえ鳴らせばすぐ来るからだ。いざとなれば僕のセバスチャンと呼ぶ一声で僕がどこにいようと一瞬で駆けつけてくる。
何せ奴は、人間じゃなくて悪魔だ。人間を誑かしてその魂を食らう穢らわしい獣だ。それ以外にはまるで興味や関心を持たない。…まぁ、裏庭の彼女にはご執心だが。セバスチャンの私室は無駄なものが徹底的に省かれている。ベッドや机等必要最低限のものしか置かれていない。まるで生活感がなく、無機質で冷たい印象を与える。
「殺風景な部屋だな」
まぁ、リジーみたいにメルヘンチックな部屋だったら、それはそれで気持ち悪いが。
いけないことだと思いつつ、何か面白い物がないだろうか、机の引き出しを開けて物色する。
「何もないな………ん?」
一番右下にある引き出しを開けると奥に何かある。見た目は掌に乗る程度の小さな正方形の黒い箱だ。持ってみると大分軽い。試しに耳元でその箱を振ってみた。特に何かが転がる音はしなかった。中には何も入ってないのだろうか。
……気になる。
さて、どうしようか。本来なら人の持ち物を本人の許可なく物色するなんて失礼に当たるが、そもそもあいつの僕に対する態度は慇懃無礼である。あいつは執事で僕は奴の主人のはずなのに、あいつには全くもって僕に対する遠慮や気遣いというものはない。
…なら主人の僕が奴に遠慮する必要ないだろう。
そう自分に言い訳して僕はその小さな箱を明けてみた。中に何が入っているのか正直、興味津々である。人間のような物欲のないセバスチャンが持っている私物といえば僕の知る限りではあの猫じゃらしだけだ。
わくわくして開けて見ると、中には小さな指輪が台座に収まっていた。
「指輪…?」
台座から取り出して指輪をまじまじと見る。装飾などが一切なく、シンプルに輪の形をしているだけの指輪である。随分と古い物のようだ。しかも、銀などの貴金属ではなく、鉄製の指輪だ。
「変わった指輪だな…。……?」
指輪の内側に何かが彫られている。どうやら文字のようだが、全く見たことのない文字だ。
英語でもイタリア語でもフランス語でもドイツ語でもない。小さな文字が指輪の内側びっしりに書かれている。何だ、これは。まさかこれが悪魔の言語なのだろうか。あいつは自分の事は何ひとつ話さない。以前、どこにいたのか、何をしていたのか、どんな主人に仕えてきたのか。僕には関係ないことだし、興味もなかった。だが、最近無性にそのことが気になるのだ。今までどんな名前で、どんな顔で、どんな声で僕以外の誰に仕えていたのか。そして、その事を考えると何かどろどろしたものが内側に溜まっていくような気がするのだ。
「一体、何だって言うんだ」
あいつの過去なんて知ったところで意味のないことのはずなのに。
指輪を掌で握りしめる。そのまま握り潰したい感覚に襲われた。あいつがこんな装飾品を好むはずがないから、これはあいつが誰かから貰ったか、それとも誰かへの贈り物か。
誰に貰った?誰にあげるつもりだったんだ?僕以外の誰に?
投げ捨ててやろうか、こんなもの。沸々と湧いてくる怒りに戸惑う。何故こんなに僕は腹立たしいのだろう?
「私の部屋で何をなさっているのですか?坊ちゃん」
唐突に聞こえてきたこの部屋の主の声に、僕は驚愕して後ろを振り返る。
にっこりと笑顔でその場に佇むセバスチャン。…こいつ、気配を消してやがったな。部屋の扉の開閉する音もなかった。そもそも、いつからいたのだろうか。
「ノックくらいしろ」
「失礼ですが、ここは私の部屋ですよ?坊ちゃん。坊ちゃんこそ何故こんな所にいるのですか」
「ちっ」
はしたなく舌打ちをして視線を逸らす。セバスチャンは呆れの色を滲ませた溜息を吐いた。
「これ」
「はい?」
「何だ?」
とりあえず今疑問に思っている事を率直に訊いてみることにした。
目の前に指輪を翳して、問いかける。一瞬、気のせいかもしれないが、指輪を見た瞬間、奴の顔が奇妙に凍りついたように感じた。見間違いでなければ、普段、紅茶色の瞳も僅かに赤く煌めいて見えた。
「お前はこんな装飾品好んで付けないだろう?一体何の為のものだ」
「―――どうしてそんなことお知りになりたいのです?」
「…別に。ただの好奇心だ。」
「坊ちゃん」
セバスチャンは人差し指を立て、そっと己の唇に添える。
「Curiosity killed the cat」
「!」
「他人の事はあまり詮索しない方がよろしいですよ」
僕の手から指輪を取り上げると、小箱に戻すとまた机の中へと戻した。
「主人に隠し事とは、いい度胸だ。お前、執事の美学はどうした?」
「私は坊ちゃんに嘘はつかないと言いましたが、隠し事はしないとは言っていませんよ」
「なるほど。随分と都合のいい解釈の仕方だな。悪魔らしい事だ」
「恐れ入ります」
ふてぶてしい態度のこいつの顔を思いっきり殴ってやりたい。勿論、指輪を嵌めている方の手で。
「――誰かから貰ったのか」
「いえ、違いますよ」
「じゃあ、プレゼントか」
「―――そうですね」
肯定した。その時、何故か僕は奴が否定すると思っていたから不自然に固まってしまった。
贈り物だと?一体、僕 以 外 の だ れ に?
「でも、贈るつもりはないんですよ」
贈るつもりがないだと?贈り物だといいながら、それを贈らないとはどういうことなんだ。
「プレゼントするために用意したんじゃないのか?」
「最初はそのつもりでした。でもきっと相手は受け取りません。――いえ、正確に言えば受け取れないと言った方が正しいですがね」
最後の部分は僕に言ったというよりも自分自身に言い聞かせるように呟いた。
受け取れないとはどういうことなのか。贈りたい相手が近くにいないからそのような言い方なのか。それとも―――?
「おい、今のはどういう事――」
「おや、どうやら私達以外は全員見つかったみたいですよ」
セバスチャンに促され、耳を澄ませるとフィニ、バルド、メイリン、それにリジーの声も聞こえてきた。どうやらここに居る僕とセバスチャン以外は既に見つかっていたようだ。
「では、私は先に参ります。坊ちゃんは後からおいでください」
それだけ言い残すと、奴は踵を返して優雅ともいえる所作で自分の部屋を出て行った。
―――――僕ひとりを残して。







夜中の暗い廊下を歩く。片手の燭台が仄かに廊下をぼんやりと照らす。
ガタガタと風が激しく窓を揺らしている。今夜は嵐になると屋敷を立つ前にセバスチャンが言っていたことを思い出した。そのセバスチャンは僕が命じた『裏』のお使いに出たので今、この屋敷にはいない。
―――好都合だ。
僕は今セバスチャンの部屋へと向かっている。目的は昼間見つけたあの指輪だ。
目的の部屋へと到着し、扉をゆっくりと開ける。燭台を高々と掲げて部屋全体を照らし出す。
一歩踏み出して部屋に入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。冷めきった部屋の空気が、どこか自分を拒絶しているような感覚に陥らせる。
それを振り切って奥へと進むと、手に持っていた燭台を一旦部屋の机上に置く。
そして、そっと例の引き出しを覗く。それはあった。昼間と同じようにひっそりと隠れるように置かれている。
僕は小箱を取りだして蓋を開ける。昼間に見た時と変わらず古めかしい指輪が鎮座している。
それを台座から取り出して眺める。セバスチャンはこの指輪を贈り物だと言っていた。人間だろうと悪魔だろうと男が指輪を贈りたい相手など相場が決まっている。
「――女か」
所詮、あいつもただの男だったわけか。ひどくセバスチャンを罵りたい気分に駆られてくる。
そして今、どうしてか裏切られた様な気分にさえなっている。
セバスチャンの言葉が蘇る。
『最初はそのつもりでした。でもきっと相手は受け取りません。――いえ、正確に言えば受け取れないと言った方が正しいですがね』
あれを僕なりに考えてみた。セバスチャンは受け取らないのではなく、『受け取れない』と発言した。受け取らないと受け取れないでは意味が違ってくる。受け取らないと言えば、相手が自分の指輪を受け取る意志がないとセバスチャンが考えていることになる。だが、受け取れないだと贈りたい相手の意志に関係なく、セバスチャンが相手に指輪を渡すことが出来ないという解釈になるのではないだろうか。普通だったら渡したい相手が遠くにいて逢うことが出来ないと考えるだろう。だが、相手はあのセバスチャンだ。例え渡したい相手がどんなに遠くにいても悪魔であるセバスチャンには意味のないことだろう。その悪魔のセバスチャンにでさえ渡せない相手―――。
「…死者か」
そう考えるとしっくりきてしまう。死んでしまった者を想っているという事か、あの男は。
死者に懸想するなど報われないことだ。シエルは嘲笑する。馬鹿馬鹿しい、そう思っているはずなのにどこか胸に隙間が出来たように寒々しく感じてしまう。
「………」
どんな相手なんだろう。セバスチャンの想い人は。歳は?容姿は?どんな声でどんな言葉であいつを惑わしたというのか。きっとさぞ美しいのだろう。あの魂にしか執着のないあいつが今も恋い慕うなど。ぎりっと噛みしめた唇から血が流れ落ちてくる。
掌で握りしめた指輪の冷たさがそのままセバスチャンの僕への心の様な気がした。
「あいつは僕の物だ…」
僕の物だ。誰にだって渡さない。あいつの髪の毛も瞳も言葉も血の一滴すら今はまだシエル・ファントムハイヴの物だ。誰だろうと僕の物を奪おうだなんて許さない。
セバスチャンが僕以外に膝を着き、頭を垂れて、愛を誓いその手を取りキスをする。そんな光景が頭に浮かんでは消えていく。シエルは我武者羅に頭を掻き毟る。
怒っているのか、苦しいのか、腹立たしいのか、辛いのか、悲しいのかすら分からない。
荒れ狂う激流の波に飲み込まれていくような激しい感情の海に居た。
セバスチャンがキスした手を取り、その指輪を嵌める。セバスチャンが嬉しそうに穏やかに微笑んだ。
―――そんな顔、僕は見たこともない。
僕にすら見せなかった顔を他の奴らに見せるな!もはや悲鳴のような心の咆哮だ。
掌を開いて握りしめた指輪を見つめる。
―――これは絶対渡さない。
あいつの想い人になんか渡すもんか。例え死者だったとしても。生者は死者には敵わない。だが死者が生者の邪魔をすることも敵わないのだ。シエルは指輪を右手に持ち直し、それをゆっくりと左手の薬指に嵌める。鉄製の指輪が鈍色に光った。それはまるでシエルの為に誂えたようにぴったりと嵌った。満足感と虚しさが交互に鬩ぎ合う。

―――――ああ、そうか、僕はあいつが………。

何かの答えに辿り着く前に、シエルの世界は暗転した。







「お目覚めですか、坊ちゃん」
セバスチャンだ。いつもの人を喰ったような笑みでなく、無表情でひどく真剣な目をしていた。
「……ぼ、くは…?」
何故か声が掠れる。ひどい風邪を引いたときのように身体が怠く、頭が重い。身体全身に重りをつけたかのように身体が全く動いてくれない。自室の天井が見える。どうやら自分のベッドに寝かされているようだ。外は明るく、既に夜は明けているようだった。
今まで僕は何をしていたっけ…?
記憶を緩慢に記憶の海を揺蕩う。そうだ。僕はセバスチャンの私室でセバスチャンの指輪を嵌めて……、―――――それから?
それからどうしたか思い出せない。何で僕はここに居るんだろう?
「…ぼ、くは、ど、…した…?」
「私の部屋で倒れていたのですよ」
セバスチャンは答える。いつもなら主人たる者、使用人の私室に入るなどと小言を言う場面のはずだが、セバスチャンは質問に対する回答のみしか言わなかった。
「どう、して…倒れた…ん、だ…?」
「この指輪です」
指輪…?セバスチャンの視線を追ってセバスチャンが握っている自分の左手の薬指を見た。そこにはあの忌々しい指輪があった。
「坊ちゃん、どうしてこの指輪を『嵌められた』のですか?」
自分の現状に困惑している僕以上にセバスチャンがこの現状に困惑しているようだった。こちらを探るような目つきで観察している。
そんなの、あんな机にも部屋にも施錠してない状態なら誰にだって指輪を見つけられるだろう。
僕になんかに嵌められたくないのなら隠しておくべきだったのだ。
何も言えず、悔しさで唇を噛み締めているとセバスチャンが僕の左手を握ってない方の手でゆっくりと僕の唇をなぞる。いつもなら気色悪いと罵倒するか、すぐさま腕を振り払うのに今の状態ではそれすら叶わない。
「お、い…いつ、まで…そうしてる…」
とっとと離せ。言外に視線を今だ握り続けている左手に向ける。視線だけで僕が左手を離せと訴えているのを察したのだろう。唐突に今まで被り続けていた無表情の仮面を脱ぎ去り、いつも通りの執事の仮面を被りなおした。
「では坊ちゃん。本当に『離して』よろしいのですね?」
「くどい…」
「では」
離しますよ。その声が最後の音になった。突如世界が無音になり、それだけでなく目の前が急に真っ暗になった。どういうことだと叫びたいのに声すら出ない。自分の身体も血が通わなくなって痺れてしまったかのように感覚が急速に失われていく。苦しい。もしシエルに音が聞こえていたのなら、苦しそうにぜえぜえと喘ぐ自身の呼吸音が聞こえていただろう。喘息の発作を起こしたかのように息がまともに出来ない。
「坊ちゃん」
肩に何か触れる。それを認識した途端、少しだけ呼吸が楽になり、徐々に感覚が戻ってくる。
「手を握ってもよろしいですか?」
僕に承諾を求めるような質問をしといて、声の強さはそれを有無と言わせないような口ぶりだった。あいつは僕の左手を握りしめた。するとぼんやりしていた視界が鮮明に、呼吸が完全に元に戻った。
「どういうことだ…?」
「これのせいです」
これ、とはセバスチャンが僕の左手を持ち上げて示した指輪である。
「何で…?」
「坊ちゃん。これは『ある儀式』の時に用いられた呪われた指輪なのです。坊っちゃんが嵌めてしまうとは思わず、このような危険な物をぞんざいに管理してしまった私の責任です」
ファントムハイヴ家にあるまじき失態、どうかお許しください。
そう言って真摯に頭を下げるセバスチャンに事態が深刻なことを悟る。
「そんなに危険なものなのか…?」
「――――貴方にとっては。現に今、私がいなければ貴方は呼吸すらままならなかったでしょう?こうやってずっと貴方の身体のどこかに私が触れ続けてなければ、貴方は呼吸すら出来ずに死んでしまうでしょう」
「!?じゃあ僕は永遠にこのままなのか…?」
ずっとセバスチャンが片時も僕の傍を離れずにいなければならないのか。食事の時や執務の時や寝るときすらセバスチャンと一緒にだなんて、違う意味で窒息死する。
「いえ、ある程度、解呪が進んでいますから私が傍にいないと呼吸すらできない状態からは脱せると思いますよ。実際、起きた時より身体が楽になっていませんか」
僕の不安に思っていたことを察したセバスチャンが僕の疑問に答えてくれた。どうやらずっと離れられないなんてことにはならないようでシエルは安堵の溜息を吐く。そして、確かに言われてみれば起きた時よりも身体の調子が良くなっているのを実感する。声は掠れていないし、頭痛も止んでいる。まだ身体の倦怠感は取れないが。
「ですが強力な呪いです。一度に全解呪は無理でしょう。焦らず少しずつ解呪しなければ…」
「悪魔のお前ですら一度に解呪とやらは出来ないのか?」
「出来ますよ?ただ坊ちゃんの体力が持たないでしょう。恐らく一度に解呪しようとすれば貴方の精神が壊れるか、最悪の場合死に至るでしょう。どうします?それでも一度に全部解呪してしまいましょうか?」
「いや、少しずつでいい。やってくれ」
「賢明な判断です」
そう言うとセバスチャンはタナカを呼びつけて紅茶の準備をするように頼んだ。いつもならこいつがやる仕事だが、文字通り僕の傍を離れられない為、今日からはこいつの仕事をタナカやメイリン、バルド、フィニがやるのだろう。タナカはともかくいつも失敗だらけで問題しか起こさないあいつらにセバスチャンの代わりが務まるのか?心底不安だ…。
「―――大丈夫ですよ、坊ちゃん。私達で何とかしますから。何も心配いりません。少し疲れたでしょう?お休みになった方がよろしいと思いますよ」
僕の気がかりを見抜いたセバスチャンが何も心配いらないと僕の不安を取り除こうとする。
奴の手がゆっくりと僕の頭を撫でる。いつもなら子ども扱いするなと怒るところだが、今日は何故かその手を振り払う気になれなかった。その手に誘われるように僕はゆっくりと眠りの淵に沈んでいった。



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