「without you」

○月×日 結婚式翌日
 
朝、目が覚めると、シエルが一糸纏わぬ姿で私の腕の中で眠っていた。
長くやわらかなブルネットの髪が少し乱れ、広がっている。
白く磁器のような肌には不釣り合いなほど、その華奢な身体のいたるところにいくつも
の赤いバラが咲き、自分のものだと主張しているようで少し恥ずかしくなる。
昨夜は、夢中でお互いがお互いが求めあい過ぎてしまった。
シエルの身体に負担をかけてしまったかもしれないと不安になってしまう。
それでも、夫婦になって初めて迎える朝。
いつもより新鮮に感じるのは、気のせいでしょうか?
シエルの穏やかな寝顔は、まだあどけなさが残っていて、昨夜の乱れた姿は誰も想像で
きないでしょうね。
いいえ、誰にも想像させたりしませんが。
眠っているシエルのベリーのように色づいたやわらかい唇にキスをすると、シエルは、
目蓋をゆっくりとあけ、自分が何も纏っていないことに気付いたのか、白い頬をほんの
りとバラ色に染めている。
何と初々しいんでしょう。
「おはようございます、シエル」
「おはよう、セバスチャン」
もう一度、軽くキスをすると、シエルを強く胸元に抱き寄せた。
「もう少し幸せな時間を過ごしてもいいですか?」
「・・・私もそうしたい」
私の問いかけに、小さな声で答えると、大きな青と紫のオッドアイの瞳を閉じる。
甘い香りのする髪に顔をうずめ、その匂いを堪能する。
あぁ、今日からシエルは私の妻なのですね。
公の場所でもやっとそう答えることができることが嬉しい。
今までは主人と使用人という立場でしたから、シエルとの関係はずっと秘密にしていま
したし、そのことでシエルには、寂しい想いや辛い想いをさせてしまったこともたくさ
んあるでしょう。
これからは、そんな想いをさせなくて済むことがとても嬉しい。
シエルはどう思ってくれているのでしょう?
「シエルは、私を夫として、みんなに紹介できることは嬉しいですか?」
「あ、当たり前でしょう。ずっとそうなれば良いと思っていたんだから・・・」
シエルはそっけない口調で言ってますが、こういう言い方をするときは、照れている時
なんですよね。
10歳の時からそばにいて、大事に愛しみながら、育ててきたのですから、シエルの言
動の裏にある本心なんてお見通しです。
本当は一日中、シエルとベットの上で抱き合っていたいところですが、執事としての仕
事も私の大事な役目。
「そろそろ朝食の用意を致しましょうか、シエル」
額に軽くキスをする。
シエルは大きな青と紫のオッドアイの瞳で見上げると、美しい眉根をよせ、不満そうな
顔をする。
「セバスチャン。朝食はもう少し遅くても良いわ。もっとこうしていたい」
シエルは細い腕を背中にまわし、自分の身体をすりよせてくる。
やわらかな胸が胸元に押しつけられ、軽く眩暈がする。
「私もシエルと同じようにこうしていたいですよ。でも、今日は会社の仕事もあります
し・・・」
「全部、キャンセルするわ」
シエルはきっぱりと言い切る。
「そういうわけにはいきません。お互いがお互いの仕事をきちんとする。それは、約束
しましたよね?」
「そうだけど、一日ぐらいいいでしょ?今までだって、そういうことはあったんだし」
確かにそういうことはありましたよ、私のせいで・・・。
困ったように考えこんでいる私をシエルは、くすくす笑いながら見上げる。
「冗談よ。セバスチャン、本気で考え込まないでよ」
真剣に悩んでいたんですけど、私は。
「・・・困った奥様ですね、シエルは・・・」
華奢なシエルの身体の上に覆いかぶさると、やわらかなブルネットの髪をなでる。
「セバスチャンを一生困らせるかもよ、私、我儘だから」
私の頬にかかった髪を耳にかけ、そのまま整えられていない髪に指を絡める。
まっすぐに私を見つめる瞳は、迷いがなく、いまだ穢れを知らない少女のように美しい。
シエルが「女王の番犬」だと言っても、誰も信じないだろう。
今までどれだけの血を流し、女王の憂いを晴らしてきたことか。
そばでみてきた私しか知らない、シエルの本当の顔。
「知っていますよ、貴女がどれだけ我儘か」
シエルの額に、頬に、鼻に、瞳にキスをおくる。
くすぐったそうに、瞳を細めるシエル。
「私も知っているわ、セバスチャンがどれだけ我儘か」
「私がいつ我儘をいいましたか?」
「我儘とは言わないのかしら?私をどんな時でも、独占したいと思っていることを」
確かに、私の我儘かもしれないですね。
シエルに近づく者は、誰であっても嫌だと思ってしまうのは・・・。
「・・・気づいてましたか?」
「私もきっと同じ気持ちだから。・・・いつでも私だけを見ていて欲しい。私の事だけ
考えていてほしい。他の女性と話さないでほしい・・・。私だけのセバスチャンでいて」
少し照れたように、はにかんだ笑みを浮かべる。
「私も、同じことをいつも考えていますよ。私だけのシエルでいてほしいと・・・」
シエルの耳元で甘く低く囁くと、そのまま耳朶を軽く噛む。
「・・・ん・・・」
白い首筋に顔をうずめると、昨夜つけたばかりの赤いバラを舌でなめていく。
「・・・ダメだってば・・・」
口ではそう言っているシエルだが、大きな青と紫のオッドアイの瞳は、これから与えら
れるであろう快感を思い出しているのか少し潤んでいる。
「ダメと本気で言っているようには、見えませんよ」
「意地悪ね、セバスチャン」
赤く色づいたやわらかな唇に、軽く唇を重ねる。
シエルは少し唇をあけて、自らセバスチャンの舌を招きいれた。
「・・・ん・・・セバ・・・」
甘い吐息の合間にいつものように自分の名前を呼ぶシエル。
舌を絡めあい、少しずつシエルの息つぎの間を奪っていく。
全てを奪ってしまいたい。
結婚し、自分の妻になったというのに、それでも満足できない自分がいる。
どこまで、私は独占欲が強いのでしょうか・・・。
大切に育てた純粋無垢な美しい白薔薇のようなシエルを、自分の手で赤く燃えるような
妖艶な真紅の薔薇に変えたのも、私なのに。
これ以上、何を望んでいるのでしょう。
シエルの細い腕が首に回され、強く抱き寄せられる。
私の想いに応えようとしているようで、愛しさがこみあげてくる。
「・・・愛しています、シエル」
「私も愛してるわ、セバスチャン」
シエルの華奢な身体を強く抱きしめ、このまま離れられないようになってしまえば良い
のにと思う。
一つになれたらいいのに・・・。
「そろそろ起きないと、みんなに心配されてしまいますね」
「心配はしてないと思うけど・・・。みんなが気にしているのは、セバスチャンの美味
しい朝食がいつ食べられるか、じゃないかしら?」
シエルは、私の背中に細い指を滑らせていたが、ある個所で手を止めると、
「・・・まだ、痛い?」
小さい声で呟くように言う。
あぁ、昨夜シエルが爪をたてた所ですね。
「痛くないですよ。シエルに愛された証ですから」
「・・・・・・」
シエルははずかしいのか黙ったまま、肩口に顔をうずめている。
「今夜もたくさん愛しあいましょうね、シエル」
「・・・・・・」
無言のまま、こくりとうなずく。

ベットから起きると、シャツを羽織り、衣裳部屋を通り抜け、浴室へと向かう。
シャワーをすばやく浴び、いつもの自分の仕事着・・・燕尾服を身につける。
寝室へと戻ると、シエルにしては珍しくベットに横になったまま、うとうとしていた。
「昨夜はおやすみになったのも遅かったですし、もう少し寝ていてはいかがですか?」
シエルの小さな頭を優しくなでると、
「・・・そうするわ。あとで、ちゃんと起こしてね」
口元を隠しながら、あくびをする。
「かしこまりました。朝食の用意をしたら、起こしに参ります」
白い頬に軽くキスをすると、シエルは瞳をとじた。
シエルを起こさないように静かに扉を閉め、1階の私専用のキッチンに向かうと、バル
ド、フィニ、メイリンが、椅子に座り、私を待っていたようです。
「・・・セバスチャンさん、遅いですよ。お腹がすきすぎて動けません」
フィニは目を潤ませながら、詰め寄ってくる。
「なんでこんなに遅いんですか、セバスチャンさん」
その言葉に、バルドがすぐに反応し、にやにや笑いながら、私をみる。
「そりゃ、昨夜はお嬢様との初夜だったからだろう?」
「初夜ってなんですか?」
フィニは、無邪気に聞いてくる。
メイリンは、恥ずかしそうに頬を赤く染め、黙ったままだ。
「お子様のフィニにはまだ早い話しだよ。で、どうだった?」
バルド、少しは気をつかったらどうですか?
私はにっこりと笑いながら、いつものようにトリプルアイスを頭にのせた二人を横目に、
一人お茶を飲んでいるタナカさんに挨拶をする。
「・・・遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「ほほほっ」
上着を脱ぎ、椅子に掛けると、とりあえず、シエル以外の4人の食事の用意を手早く始
める。
大体、バルドはコックなのですから自分の食事は、自分で作ったら良いのにと考えたが、
バルドの料理は食べられたものではないし、キッチンを破壊されても困るので、何もし
ないで待っていたことをよしとしようと思うことにした。
食事の用意を終え、4人が食事を始めたのを見ながら、シエルの朝食をどうしようかと
考える。
もう少し寝かせてあげたい気持ちもある。
だが、昨日は挙式の為、仕事を全てキャンセルしている分、しなければならない仕事が
たくさんあるのも確かで・・・。
一度、執務室に戻ると、机の上の会社の書類にすばやく目を通し、今日中の処理が必要
なもの、猶予があるものと手早く分けていく。
これで少しでもシエルの寝ていられる時間が増やせるはず。
厚いカーテンの引かれた寝室へと続く扉をあけ、足音を忍ばせて、ベットに近づくと、
シエルはベットの真ん中で丸まって眠っていた。
やっぱり眠かったのですね・・・。
昨夜は無理をさせてしまったのを私に気づかせないように、気を使っていたのかもしれ
ないですね。
少し私も我慢しないといけないですね。
大切なシエルに無理をさせるわけにはいかないですし。
ベッドサイドに座り、眠っているシエルの顔を見ていると自然と笑みがこぼれてくる。
「・・・う・・・ん・・・」
シエルが寝がえりをうつと、華奢な身体を包み込んでいたシーツがはだけ、ふくよかな
胸が露わになってしまった。
ドキッと胸が高鳴る。
白く瑞々しく張りのある乳房にも、他の部分と同じように赤いバラがところどころに咲
いている。
長いブルネットの髪が華奢な身体にこぼれおちるように広がっているのも、また艶かし
く感じてしまう。
こんな姿をみていたら、我慢が出来なくなってしまいそうだ・・・。
私は、シーツをゆっくりとシエルの身体にかけると、入ってきたときと同じように、静
かに部屋を後にした。


お昼近くになり、台車に昼食と紅茶を用意し、寝室へと向かう。
そろそろシエルは起きているでしょうか?
寝室の扉をノックするが、返事がない。
扉を開け、ベットをみると、シエルはまだぐっすり眠っていた。
「・・・シエル、そろそろ起きませんか?」
耳元で甘く低く囁く。
「・・・ん・・・今、何時?」
シエルは、瞳をこすりながら、目蓋をゆっくりあける。
「申し訳ありません。もうすぐ、お昼になります」
「・・・起こしてって言ったのに」
シエルは、身体を起こそうとしたが、自分が何も身につけていないことを思い出し、シ
ーツを華奢な身体に巻きつけて、身体を起こす。
「あまりにも気持ちよさそうに眠っていましたので・・・」
厚いカーテンを開けると、部屋の中が白い光に包まれる。
シエルのお気に入りの白地に青いバラの模様があしらわれたティーカップに紅茶を淹れ
るとシエルに手渡した。
「・・・ありがとう」
ブルネットの長い髪を耳にかけると、紅茶の匂いを楽しみ、一口飲む。
「昼食もお持ちしましたので、寝室でお召し上がりください」
「ありがとう。その前に何か羽織るものが欲しいわ」
シエルは、白い頬をバラ色に染める。
恥じらうシエルは本当に可愛いらしいですね。
赤いガウンをソファーからとると、シエルからティーカップを受け取り、変わりにガウ
ンを手渡す。
そのままシエルを見ていると、シエルは困ったようにうつむく。
「どうしたのですか、シエル?」
「みられていると、恥ずかしいんだけど、セバスチャン・・・」
明るい所で見られるのは、まだ抵抗があるのですね。
内心、苦笑しながら、私はシエルに背を向ける。
「これで良いでしょうか?」
「・・・うん」
衣擦れの音が微かに聞こえる。
こういうのも、どきどきするものなのですね。
「こっち向いていいわよ、セバスチャン」
赤いガウンを身にまとい、ベッドサイドにシエルは座っていた。
シエルの細く白い足が、赤いガウンから見えているのが、また艶かしい。
はぁ〜、私は一日中、気がつくとこんなことばかり考えているのですね。
これもシエルが魅力的な女性だからなのでしょう。
サンドイッチを小皿にいくつかとりわけ、シエルに手渡す。
「仕事は今日中にシエルの承認が必要な物、猶予があるものと分けておきましたから、
そんなに仕事の量はありませんから、安心してください」
「ありがとう、セバスチャン。とても助かるわ」
サンドイッチを食べながら、微笑むシエル。
「ファントムハイブ家の執事もとい主人たるものこれくらいの事ができず、どうします
か?」
「・・・でも、なんだか今日は嫌な予感がするのよ」
シエルは顔を曇らせる。
やっぱりシエルも感じていたのですか。
「実は、私もなんです。昨日の、今日ですし・・・」
「あの人たちが大人しくしているはずないんだから」
サンドイッチの小皿を受けると、新しく淹れた紅茶をシエルに手渡す。
「は〜、少し気が重いわ。てっとり早く帰す方法はないものかしら?」
「そうですね。とりあえず、入浴の用意をして参ります」
「お願いするわ」
新婚の二人が頭を悩ませる問題。
それは、あの方達のこと以外ありません。
昨日の式にもよんでいませんし、何を言われるのでしょうね。
多少の事は、目をつぶるとしても・・・。
シエルは諦めたのか、入浴中には赤やピンク、白の薔薇の花びらを浮かべ、薔薇のオイ
ルの入った乳白色のお湯を楽しんでいた。
「来るものは来るんですもの。悩む方が時間がもったいないわ」
確かにそうですね。
来るものは、仕方ないとは思うのですが、新婚の二人の甘い時間を壊しに来るのが許せ
ないんですよね。
今までも甘い時間を過ごそうとすると、タイミングを見計らったようにやってきますし。
何かそういうのを感じるセンサーでもついているのではないでしょうか?
シエルのブルネットの長い髪にトリートメントを丹念に施しながら、あの飄々とした顔
を思い出すとだんだん腹が立ってきてしまいました。
これでは執事失格ですね。
私のシエルに冗談なのか、本気なのかわからないような様子で絡んできますし。
あの人の考えていることだけは、いつまでたってもわかりません。
だからこそ、気を許すことができないということも言えますが。
「さっきから黙っているけど、どうしたの、セバスチャン?」
シエルは、お風呂に浮いている薔薇の花びらを手ですくいながら、私の方を不思議そう
にみている。
「いえ、今日のスイーツは何にしようかと思いまして・・・」
「パフェ的なものが食べたいわ」
シエルはにっこりと愛らしく微笑む。
トリートメントを終えたブルネットの髪の水分を丁寧にふきとっていく。
「そろそろ上がりたいんだけど・・・」
いつも長湯になってしまうシエルの為に、低い温度にしてあったのだが、白い頬はバラ
色に染まり、華奢な身体もほんのりピンク色に染まっている。
立ち上がったシエルの身体を包み込むように、バスタオルでくるむ。
昔は毎日こうしていたのだけれど。
シエルは、恥ずかしそうにバスタオルを自分で押さえると、足早に衣裳部屋に移動する。
結婚をして伯爵夫人になったからといって、急に服装が変わるということもなく、私の
好みの問題もありますが、首元を白いリボンで飾られ、淡い水色のスカートの裾にたっ
ぷりのフリルがついている豪奢なひざ下のドレスをシエルに着せる。
首元が空いている服では、私の所有印が見えてしまうかもしれませんし・・・。
足には、細身の黒いブーツをはかせる。
髪はおろしたままドレスと同じ色のレースのヘッドドレスを結ぶ。
結婚前と何も変わらない服装のシエル。
幼妻ですし、しばらくの間はこの格好でも良いでしょう。
「なんだか、子供っぽくない?」
鏡を見つめるシエルは、心配そうに私の方を振り返る。
「そんなことないですよ。よく似合ってますよ」
室見室へと続く扉を開けようとしたシエルは、人の気配を感じたのか、ため息をつく。
「・・・もう来てるわ」
「あれ〜、伯爵。どこにいるのかと思ったら、執事君と一緒だったんだね」
藍猫を横に座らせ、劉はソファーでくつろいでいた。
「人の屋敷で何をしているの、劉?」
シエルは、劉の斜め前のソファーに座るとふわりとドレスのすそが少し舞い上がるが、
そのまま足を組み、じっと見つめている。
「いや、伯爵が執事君と結婚しちゃったって言うから、本当か確かめに来たんだよ。我
の求婚を断り続けてきた伯爵がどうしているか、心配になって見に来たってわけ〜。で、
伯爵、結婚してどう?」
「どうも、こうもないわ。昨日だって、見に来てたじゃないかの、劉?」
「気が付いていたのかい、伯爵。・・・人が悪いな〜」
「小生もみていたよ。墓場からね・・・」
アンダーティカーと劉の組み合わせなんて、性質が悪すぎる。
「セバスチャン。この3人でも一応、お客様。悪いけど、紅茶の用意を頼んでもいいか
しら?」
「かしこまりました」
いつものように恭しく頭を下げ、部屋をあとにする。
残してきたシエルの事が心配ですぐに、紅茶の用意とスイーツの用意をすると、執務室
へと向かう。
執務室に近づいていくと、中から話し声がもれ聞こえてきた。
「伯爵、まだ若いのに、執事君と結婚しちゃってよかったのかい?」
「・・・結婚は人生の墓場、というくらいだからねぇ・・・」
あの二人は私のシエルに何をふきこんでいるのでしょう。
「いいのよ、私が望んだことだもの。後悔なんてしていないわ」
きっぱりと言い切るシエルに、私は感動しました。
「後悔をするとしたら、セバスチャンの方じゃないかしら?・・・女王の番犬にならな
いという人生もあったのに、私と生きる道を選んでしまったのだから・・・」
まだそのことを気にしているのですね、シエル。
私はシエルと生きる道を選んだと言ったのに。
そのことを気にしながら、貴女はこれからも生きていくつもりですか?
扉をノックし、失礼致しますと部屋に入ると、一礼をする。
「セバスチャン、ごめんなさい。貴方は、もう執事ではなく、私の主人なのに・・・」
シエルはすまなそうに言うと、突然窓が開き、赤い物体が目の前を通り過ぎていく。
とっさにシエルは、スカートの中から2丁の銃を取り出すと、赤い物体に向かって、2発
ずつ銃を撃つ。
「・・・ちょっと、あんた、今本気で殺そうとして撃ったでしょう!!」
グレルの赤いコートに2か所と頭の上の壁に2か所穴があき、ひらりと赤いグレルの髪の
毛が舞っている。
「相変わらず騒がしい死神ね。私が本気で撃ったら、1発で死んでるわよ」
シエルはにっこりと微笑む。
「セバスチャン、こんな凶悪な乳臭い人間の女よりも私の方がよっぽど女らしいわよ。
今からでも、遅くないわ。結婚なんて、やめちゃいなさいよ」
マダム・レッドから結婚の事を聞いたのだろう。
私は最初から貴方に興味などないと言ったはずですが・・・。
抱きついてこようとしているグレルの首元にナイフをあてる。
「グレルさん、私は貴方に興味はありませんよ。いつも言っていますよね」
冷や汗をかきながら、グレルは後ずさりをする。
「いやだわ、セバスチャン。じょ、冗談に決まってるじゃない」
慌てたようにアンダーテイカーのそばに小さくなって座る。
貴方の冗談はいつも冗談ではないでしょう。
念の為、一つ多く用意しておいたティーカップが役に立つとは・・・紅茶を淹れ、それ
ぞれの客人の前におく。
私は、いつものようにシエルの後ろに控えるように立つ。
「わかっているとは思うけれど、今日からファントムハイブ家の爵位は、セバスチャン
が継承する事になっているの。これからは、私の変わりにセバスチャンが裏の世界の統
治者になるから。そのつもりでいてね」
穢れなき美しい微笑みを浮かべるシエル。
「残念だな〜、伯爵が伯爵じゃなくなっちゃうなんて・・・」
劉は細い目をさらに細め、つまらなそうな口調で言う。
「私は伯爵夫人になるだけよ。これからは、セバスチャンと二人でファントムハイブ家
当主として、裏の世界を統べていくの。私は、セバスチャンのファントムになるの」
シエルの肩に優しく手をのせると、私の手にシエルは自分の手を重ねる。
私の『ファントム』になると言うのですか、シエル。
「私とシエル、二人でファントムハイブ家の当主になるのですよ。二人で一人です。一
人がかけてもダメなんですよ。わかっていますか?」
青と紫のオッドアイの瞳を細め、振り返ったシエルのやわらかい唇に自分の唇を重ねる。
一瞬、部屋の空気が止まったが、そのまま気にせず、シエルの唇をやわらかく啄ばむよ
うにキスを繰り返す。
「・・・なんか執事君に、見せつけられちゃった感じがするね〜」
劉は首を振り、藍猫に向かって話しかける。
「・・・・・・・うん」
スイーツを黙々と食べていた藍猫はうなずく。
「・・・人生は一度きりだよ、伯爵。今日は、良いもの見せてもらったよ〜」
アンダーテイカーは立ち上がると、部屋を後にした。
「私のセバスチャンが・・・。ウィルに慰めてもらわなきゃ」
グレルは入ってきたときと同じように、窓から帰っていく。
「愛していますよ、シエル」
「愛してるわ、セバスチャン」
額を合わせて、二人で微笑みあう。
こんな幸せな毎日がずっと続いて行くように、今は神様に祈ろう。


「セバスチャン、ねぇ、これなに?」
夜、入浴の用意をしていた私の所に、シエルが見覚えのある一冊の本を持ってくる。
「そ、それは・・・」
私の異常なほど焦っているのを見て、シエルは何かを感じたようだ。
シエルのそばに歩みよって、本をとろうとしたが、身軽なシエルにかわされてしまう。
「何が書いてあるのかしら?って、なんで、フランス語の鏡文字なの?」
あまりの念の入れように、シエルは呆れているようだ。
「だ、だめですよ、シエル。人の日記を読んでは・・・」
シエルを後ろから抱きしめると、つい言ってしまった。
「やっぱり日記だったのね。な、なに、これ・・・!!」
シエルは、白い頬をバラ色に染め、日記をパタンと閉じると私に手渡す。
「・・・誰にも、見せないでね」
面白半分で、シエルに自分の得意なフランス語の鏡文字の見方を教えたのは、私自身な
のだから。
物覚えがいいシエルが読めないわけがないのだ。
「誰にも見せませんよ」
「・・・絶対よ」
シエルと出会った日からずっと日記をつけているなんて、口が裂けても言えない。
隠し撮りした写真のアルバムもたくさんあるなんて事も・・・。
明日、シエルに見つからないような所に全て隠しておかなければ。
それにしても・・・隠しておいた日記がシエルの目につくような所にあるなんておかし
いですね・・・。
私は、首を傾げる。
まさか・・・と思う。
「さあ、シエル。今日は、一緒にお風呂に入りましょうか?」
「・・・恥ずかしいから、イヤよ」
シエルを抱き上げて、お風呂に向かっていく。
「では、キャンドルの数を少なくして、一緒に入ると言うのはいかがですか?」
「・・・それなら、考えてもいいわ」
私の黒いタイをシエルは緩めほどくと、足元に落とす。
シエルにシャツのボタンをはずしてもらいながら、猫足のバスタブへと向かう。
「ぬるめのお湯にしてありますから、のんびり楽しめますよ」
「・・・エッチ」
そんな顔で言ってダメですよ、シエル。
全く嫌そうな顔をしていないのですから。


END

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月の雫と申します。
「24/7」の続編、新婚編の物語になっています。
稚拙な文章ですが、少しでも楽しんで頂ければと思っています。